赤色立体地図ことはじめ

1.はじめに

赤色立体地図は、これまでにない独創的な地形表現手法である。ここでは、どのようにして生まれたのかについて紹介したい。
赤色立体地図を発明したきっかけは、2002年の富士山の青木ヶ原樹海の調査であった。国土交通省富士砂防事務所からの受託業務で、レーザ計測+地形地質調査+ボーリングという内容であった。
レーザ計測は、当時最先端の技術で、雪どけ直後の(葉っぱがまだ出揃わない)5 月に 2 日間で行なわれた。樹木除去作業に 2 ヶ月を要し、レーザ計測部門から等高線図が届いた。8 月に迫った現地調査のために、判読を進めたが、1/2,500 の 1m 間隔の等高線図では溶岩表面の凹凸や、重なりあいの関係は判然としなかった。
レーザ測定は 70cm 四方に 1 点の密度で行われており、1mメッシュの DEM には約 20cm の高さ精度がある。そこで、等高線間隔も 20cmにしたいところだが、そのためには、縮尺を1/500 にする必要があり、図面枚数が A0 サイズで 1250 枚となってしまう。これでは、現地調査での使用は困難である。
レーザ計測のすべての結果を生かすには、等高線では表現力が不足していたのである。等高線を使用しない手法も、複数あるが、一長一短であり、溶岩の複雑な微地形を表現するのは困難だった。そこで、まったく新しい地形表現を作成するしかないと決心した。

2.地形表現

2002 年当時、コンピュータ利用による地形表現研究が進展し、横山(1999)の 50mメッシュ DEM による日本列島全体の地形表現が注目を集めていた。斜度、地上開度、地下開度という3つのパラメータで、フラクタルな地形を美しくわかりやすく表現できるというのだ。活火山も活断層も明瞭であったが、3 枚の白黒の図を別々に見る必要があった。これらを 1 枚のカラー図面に合成したらいいのではないかと、かねてからいろいろ試行錯誤は進めていたのだが、うまくいっていなかった。この手法をレーザ計測に適用してみようと考えたのである。
地上開度は尾根を強調するが谷がぼんやり、地下開度は谷を表徴するが尾根がぼんやりという長所と短所をあわせもっていた。まず、この2 枚の画像から尾根谷を示す画像を作成し、さらに斜度を重ねて 1 枚の擬似カラー画像することにした。そして、試行錯誤の果てに、赤色立体地図ができたのは調査の数日前であった。
初のレーザ計測を生かして成果を上げなければというプレッシャーや、等高線図や陰影図では、遭難の危険もあるという恐怖から、本気モードで取り組んだ結果であった。だから青木ヶ原樹海の複雑な地形が発明の母であり、わたしは発明の父に過ぎないということにしている。

3.溶岩地形判読

そもそも、溶岩表面の地形判読はわたしの得意とするところであった。27 歳のころに遭遇した、1983 年の三宅島噴火では、溶岩流の空中写真判読や現地調査でその複雑でテクトニックな形状に感動し、構造地質学から火山学に転向を決めた。その後、1986 年の伊豆大島噴火の調査では、溶岩噴泉を直近で見たり、割れ目噴火の発生の瞬間を目撃した。さらに噴火後の現地調査や地形判読を通して、溶岩表面の微地形への理解を深めていた。
そして、1989 年には、噴火後の写真を誰よりも早く見たいという理由で、アジア航測へ入社したのである。入社後は、主に火山防災の仕事に取り組みながら、雲仙岳1990-95 年噴火時の写真を用いてカラーで判読図を作成、防災関係者や研究者に提供するなどしていた。強調したいのは、私は樹木で覆われた青木ヶ原溶岩の微地形を何とかよく見たいと言う強い動機があったという点である。

4.実体視

火山に限らず、2 枚の空中写真を実体視する作業は、地形の理解にとって非常に有効である。しかし、その結果を的確に表現することが難しいという課題を抱えている。脳内に生じる立体的なイメージを外に取り出す手法、という言い方をしたほうがいいのかもしれない。一般に、他の人に情報を伝えるために、文字や図や数式を使うのだが、立体的なイメージはうまく取り出せない。できることは、写真の上に線を引くというとても原始的な作業を行うしかない。実体視をしながら片側の写真の上に線を引き、それを地形図に移写する。場合によっては、さらにGISソフト上でトレースする。このプロセスは、多数の工程と複数の人の手を経ており、様々な誤差要因がある。経験上、写真判読のGISデータはレーザ計測の結果とは合わない。
また、実体視をしても、見えるのは樹冠だけということも多い。こういった場合、樹木下に伏在する地形は、判読者が樹木高を推定して引くということが行われる。この推定は困難なことも多く、結果的に確実度の異なる情報が混在し、判読の個人差にも悩まされている状況であった。まして、意思決定をする立場のひとに、写真や判読図をみせても、緊迫した状況を伝わらないことも多く、地形判読の表現には大きな課題が山積していた。
また、それまでの地形表現手法は、主に地形図の背景として意図されたものが多く、地形判読の専門家が、そのために作成したものではなかった。だから、背景としての美しさや、立体感が求められることはあっても、しわや断差をあえて強調するようなものではなかった。

5.赤色立体地図の作成法

以下に千葉(2004)の作成方法を示す。
レーザ計測による地形データは、計測によるランダムなポイントデータと、それらを格子状に整理したメッシュデータに分けられる。さらにメッシュデータは、樹木や建物や橋なども含んだDSMと地表面のみを示すDEMに分けられる。
赤色立体地図は、DEMデータをもとに作成することが多い。メッシュのサイズは2002年当時は2mや1m程度のことが多かったが、最近では50㎝のものも増えてきた。
これらの生データは、国や都道府県や研究機関のオーダーで取得されることが多く、一般には公開されていない。ただし、日本国内の公共測量の成果については、国土地理院基盤地図情報標高ということで、5mメッシュに加工されたものが広く公開されている。
赤色立体地図の作成には、3つのパラメータを使用する。斜度と地上開度と地下開度である。これをDEMから計算によって求める。最近のGISソフトの中には、計算できるものもあるが、自作することも困難ではない。地上開度の計算には、考慮距離の指定が必要である。大きくすれば、より大きな地形が表現に加味される。青木ヶ原樹海では、1メッシュサイズ1mに対し100mとした。開度は考慮半径内での地平線の角度を8方向計測し平均したものである。天頂との角度を地上開度、天底と裏側の地平線の角度を地下開度と呼ぶ。地形を裏返してから地上開度を求めれば地下開度となるが、ネガポジの関係ではない。次に、これらの3つの値から3つの白黒画像を作成する。斜度は大きい値ほど暗くなるように調整し、斜度画像とする。地上開度は大きい値ほど明るく、地下開度は大きい値ほど暗くなるように調整する。最大最小の値は任意に設定できるが、広く地形を比較するためには決めておいたほうがよい。次に地上開度画像と地下開度画像を乗算合成し、尾根谷度画像とする。これは、その言葉通り、尾根ほど明るく谷ほど暗く見える画像である。この際に、地上開度と地下開度のバランスを変えることも可能である。最後に、斜度画像を赤色に調整する。
これは傾斜の大きいところほど彩度が高くなるようにするもので、色相が赤ならばより赤みを強くするということになる。この画像を尾根谷度画像に乗算合成したものが赤色立体地図である。2002年当時、この1枚の画像(6000*4000)作成するために、約3時間を要した。

6.その後の進歩

色相として赤を利用することが多いために、赤色立体地図と呼ぶことが多いが、これは赤以外でも立体的に見えるので、特に赤に限定したものではない。2005年の国内特許は彩度と明度の組み合わせで立体感を生じるという点である。
その後、中国、台湾、米国でも特許を取得している。また、谷が深い場合、地下開度が大きくなりすぎ黒くなり見えなくなる場合があった。これに対応するために、谷を青緑色に明るくする方法を改良特許として取得し、最近はほとんどこれを使用している。
赤色立体地図によって、樹木を取り除いたレーザ計測結果、裸の地形を可視化できた。この発明は等高線に匹敵するという望外の評価をされたこともある。作成法の改良や応用については、現在も、鋭意進行中である。

文献

千葉達朗・鈴木雄介(2004)赤色立体地図赤色立体地図−新しい地形表現手法-,応用測量論文集,15,81-89.
横山隆三・白沢道生・菊池祐(1999)開度による地形特徴の表示,写真測量とリモートセンシング,38,26-34.