画像学会

赤色立体地図−複雑な形状を可視化する手法

アジア航測株式会社総合研究所 千葉達朗

1.はじめに

 わたしは、宮城県石巻市で生まれ育ち、1975年春、日本大学文理学部の応用地学科に入学しました。中学時代から等高線が大好きで、大学1年生のときに集めた2万5千分の1地形図が200枚くらいありました。大学が都内なので、神田の書店にいけば、いつでも全国の地形図が入手出来るというだけでワクワクしていました。空中写真判読実習という、大型の実体鏡で空中写真を立体的に見ながら地形の勉強をするという授業を受けたかったのです。この授業は、日大文理学部の応用地学科と地理学科で開講されていました。迷った末に応用地学科を選んだことが、地質学との出会いの端緒だったことになります。
 サークルは、写真部と美術部に入りました。写真部は、フィルムや印画紙の暗室技術を身につけて、自分で現像したり引き伸ばしたりしたかったのです。叔父にもらった旧い一眼レフを駆使し、当時できたばかりのヨドバシカメラに通いながら、たくさんの先輩にフィルム現像から印画紙の焼き付けまで、様々な理論やコツを教えてもらいました。カラーの現像処理は全暗室で行う必要があり、代々木のオリンピック記念青少年センターにあった共同利用施設を使うことになっており、露光時間や絞りの管理だけでなく現像液の鮮度や温度管理にも注意を払うことが必要で、新入部員には無理な相談でした。でも、この間の適正露出の計算や白黒写真の焼き付けの経験は光の性質の理解に大きく役立ちました。
美術部への入部は、「裸婦クロッキー」が動機の一つでした。本来の目的は、未知なる物を観察したい一心だったわけですが、茶色のコンテを使って、すばやく巧みに立体を描いたので、有望な新人と期待されたらしいです。クロッキーでは、影を無視して形をシンプルに素早く描きます。これは後に、露頭スケッチの際に役に立ちました。
 その頃、学科の先輩達が、新入生歓迎巡検を開いてくれました。生まれて初めて、地質調査を初体験してすっかり感動、写真も美術もだんだん遠ざかり、学部時代は富士川谷の地質調査に明け暮れました。さらに薄片講習会や顕鏡講習会・いろんな学会にも参加、やがて一人前の地質屋になりました。今にして思えば、当時は沢沿いにも、林道沿いにも地層が露出し、地質学を学ぶにはいい時代でした。たとえば、1年生の冬の合宿所は廃校になった小学校で、板張りの教室にシュラフで寝ながらの自炊でした。毎日先輩とチームを組んで沢に入り、露頭をハンマーで叩きながら沢を詰め、尾根伝いに降りてくる。沢は深く入り組んでいるので、ルートマップを描きながら進む。宿に戻ったら野帳の墨入れを行い、野稿図に地層の色を塗っていく。1/2.5万地形図を1/1万に拡大した地図では、樹木で隠された沢地形の精度が不足し、現地で地図に直接書き込むことは難しかったのです。

そこで、中縮尺で複雑な地形を表現できる画像を自分で工夫して現地調査に持参するしかないと、膨大なDEMデータを計測部門から取り寄せました。プログラムを操りSpyglass Transform とphotoshopを駆使して、様々なフィルタ計算とカラー合成の試行錯誤を行ないました。この追い詰められた作業の中からできたのが「赤色立体地図」でした。ここで学生時代の写真部と美術部の経験が生かされたのです。プログラミングも研究が行き詰まったときに、マスターしていました。人間、何が幸いするかわかりません。
この「赤色立体地図」は、1枚だけで立体感が得られ、微地形も大地形も同時によくわかる画像です1)。これは使えそうだと、手分けして全域を作成し、現地調査に持参しました。
驚いたことには、比高数m程度の微妙な凹凸しかない青木ヶ原樹海内部でも、周囲を10mほど見通せれば、画像とのパターン比較で現在位置を決定できました。その結果、短期間の現地調査でたくさんの成果をあげることができたのです
赤色立体地図は、急斜面ほどより赤くなるように調整した斜度画像と、尾根谷度に比例したグレイスケール画像を乗算合成して作成します。尾根谷度は、地上開度から地下開度を引いて2で割って求める値で、尾根ほど明るく、谷ほど暗くなるように画像化します。地上開度は岩手大学の横山先生が開発したパラメータで、着目点の周囲に8方向の地形断面を作成し、天頂から測定した地平線の角度を平均した値です3)。地形断面の範囲は、1mDEMでも100mなどと長くとります。地上開度は尾根を抽出し見やすく表現できます。地下開度は地形を裏返しにして求めた地上開度と等価です。地下開度は谷を見やすく表現できます(図−2)。
最初はどうして立体的に見えるのか皆目見当がつかなかったのですが、既往研究の文献調査などから明らかになりました。地上開度図はCGで使用する環境光と類似した画像を生成します。CGでは地下開度に相当するパラメータは使用していません。斜度画像は、どのような色でも立体感を生じますが、赤が最も強い立体感を生じ、さらに微妙な傾斜を認識しやすいことがわかりました。
その後、2005年から2010年にかけて「立体化原理と作成法やプログラム」に関して国内外の特許を取得しました、2006年と2011年には一般向けの本も出版しました。
と赤色立体地図の組み合わせは、地形・地質調査に有効で、盛んに利用されるようになりました。2013年には、産総研シンポで、新しい地質調査法ということで基調講演を行いました。
航空レーザ計測技術(LiDAR : Light Detection And Ranging)は、航空機の位置をGNSSで、姿勢を慣性計測ユニット(IMU)で正確に計測し、レーザパルスの方向と往復に要する時間をもとに、地面の高さを非常に高密度に計測する技術です。レーザは樹木の隙間を通って地面に到達する割合が高く、太陽光の差し込まない縦穴火口の深さを測定することさえ可能としました。この手法で、樹木の生い茂った地域での精密地形測量が可能となりました。国内の約50%の範囲で計測が完了しており、その成果の一部は国土地理院から基盤地図情報5mDEMとして公開されています。赤色立体地図は、地質屋のための地図でしたが、他分野からも注目されており、昨年はグッドデザイン賞を受賞しました。最近では「かぐや」による月の地形や砥石の表面構造の可視化にも利用されています(レーザ顕微鏡0.1μmDEM)。今後もさらに、改良を進めていきたいと考えています。