−赤色立体地図− 地形・地質調査のための地図表現法

アジア航測株式会社総合研究所 千葉達朗

1.はじめに

赤色立体地図は、2002年に富士山の青木ヶ原溶岩流の調査の際に、わたしが発明した地形表現法です。ここではその技術的背景を紹介します。

プロローグ 大学入学の頃

わたしは、1975年春、日本大学文理学部の応用地学科に入学しました。中学時代から集めた2万5千分の1地形図は、入学時に200枚を越えていました。等高線が大好きでした。都内の大学なので、神田の大きい本屋にいけば、全国の2万5千分の1地形図が入手出来るというだけでワクワクしていました。大学を選ぶ時に、どうしても空中写真判読実習という授業を受けたかったのです。裸眼実体視はできたので、プリズムと鏡を組み合わせた実体鏡で空中写真を見たかったのです。この授業は、日大文理学部の応用地学科と地理学科で開講されていました。迷った末に応用地学科を選んだことが地質学との出会いの端緒だったことになります。
 サークルは写真部と美術部に入りました。写真部は、もちろん暗室技術を身につけて、自分で現像したり印画紙に大きく焼き付けたりしたかったのです。叔父にもらった古い一眼レフを駆使し、当時できたばかりのヨドバシカメラに通いながら、たくさんの先輩からフィルム現像から、印画紙の焼き付けまで様々な理論やコツを教えてもらいました。適正露出の計算は光の性質の理解に大きく役立ちました。
美術部への入部は、「裸婦クロッキー」が動機の一つでした。茶色のコンテを使って、すばやく巧みに立体を描いたので、有望な新人登場と期待されたものです。クロッキーでは、影を用いずに形をシンプルに素早く描きます。これは後に、露頭スケッチや顕微鏡スケッチの際に役に立ちました。ところが、新入生歓迎巡検で地質調査を初体験してすっかり感動、写真も美術もだんだん遠ざかり、学部時代は富士川谷の地質調査に明け暮れました。さらに薄片講習会や顕鏡講習会・いろんな学会にも参加、やがて一人前の地質屋になりました。今にして思えば、当時は沢沿いにも、林道沿いにも地層が露出し、地質学を学ぶにはいい時代でした。
たとえば、1年生の冬の合宿所は廃校になった小学校で、板張りの教室にシュラフで寝ながらの自炊でした。毎日先輩とチームを組んで沢に入り、露頭をハンマーで叩きながら沢を詰め、尾根伝いに降りてくる。沢は深く入り組んでいるので、ルートマップを描きながら進む。宿に戻ったら野帳の墨入れを行い、野稿図に地層の色を塗っていく。1/2.5万地形図を1/1万に拡大した地図では、樹木で隠された沢地形の精度が不足し、現地で地図に直接書き込むことは難しかったのです。それにしても、前日見つけた鍵層が翌日、図学で予想した通りの地点で現れたときの感動は今でもよく覚えています。巨大な緑の衣のホツレから中を伺っているだけだなと思いました。

2.青木ヶ原樹海の調査

その後、アジア航測に入社して13年目、富士山の青木ヶ原溶岩流の地形地質調査を担当する機会がありました。現地調査まであと1週間という頃になって、最先端技術の航空レーザ計測による1mDEMの成果を、A1サイズ50枚の1/2,500の等高線図として受け取りました。その図面を広げて、地形判読を進めながら、「まずい、これでは樹海の中で迷ってしまう」と身の危険を感じました。レーザ計測では樹木の隙間を通って地面に到達したデータのみを使用するので、小さな火口や溶岩流表面の皺や亀裂などの微地形がきちんとデータ化されているのですが、等高線ではそれがうまく表現できていなかったのです。全体的には平坦ですが凹凸が複雑に入り組んでおり、歪んだ輪ゴムのような等高線が散らばっています。また、図面が大きく、青木ヶ原樹海の現地調査に持参するのは困難でした(図−1)。


図−1 青木ヶ原樹海内部の溶岩表面の状況

そこで、中縮尺で複雑な地形を表現できる画像を自分で工夫して現地調査に持参するしかないと、膨大なDEMデータを計測部門から取り寄せました。プログラムを操りSpyglass Transform とphotoshopを駆使して、様々なフィルタ計算とカラー合成の試行錯誤を行ないました。この追い詰められた作業の中からできたのが「赤色立体地図」でした。ここで学生時代の写真部と美術部の経験が生かされたのです。プログラミングも研究が行き詰まったときに、マスターしていました。人間、何が幸いするかわかりません。
この「赤色立体地図」は、1枚だけで立体感が得られ、微地形も大地形も同時によくわかる画像です1)。これは使えそうだと、手分けして全域を作成し、現地調査に持参しました。
驚いたことには、比高数m程度の微妙な凹凸しかない青木ヶ原樹海内部でも、周囲を10mほど見通せれば、画像とのパターン比較で現在位置を決定できました。その結果、短期間の現地調査でたくさんの成果をあげることができたのです2)。

3.赤色立体地図作成法

赤色立体地図は、急斜面ほどより赤くなるように調整した斜度画像と、尾根谷度に比例したグレイスケール画像を乗算合成して作成します。尾根谷度は、地上開度から地下開度を引いて2で割って求める値で、尾根ほど明るく、谷ほど暗くなるように画像化します。地上開度は岩手大学の横山先生が開発したパラメータで、着目点の周囲に8方向の地形断面を作成し、天頂から測定した地平線の角度を平均した値です3)。地形断面の範囲は、1mDEMでも100mなどと長くとります。地上開度は尾根を抽出し見やすく表現できます。地下開度は地形を裏返しにして求めた地上開度と等価です。地下開度は谷を見やすく表現できます(図−2)。


図−2 地上開度と地下開度と尾根谷度の関係

最初はどうして立体的に見えるのか皆目見当がつかなかったのですが、既往研究の文献調査などから明らかになりました。地上開度図はCGで使用する環境光と類似した画像を生成します。CGでは地下開度に相当するパラメータは使用していません。斜度画像は、どのような色でも立体感を生じますが、赤が最も強い立体感を生じ、さらに微妙な傾斜を認識しやすいことがわかりました。
その後、2005年から2010年にかけて「立体化原理と作成法やプログラム」に関して国内外の特許を取得しました、2006年と2011年には一般向けの本も出版しました。

4.まとめ

レーザ計測と赤色立体地図の組み合わせは、地形・地質調査に有効で、盛んに利用されるようになりました。2013年には、産総研シンポで、新しい地質調査法ということで基調講演を行いました。
航空レーザ計測技術(LiDAR : Light Detection And Ranging)は、航空機の位置をGNSSで、姿勢を慣性計測ユニット(IMU)で正確に計測し、レーザパルスの方向と往復に要する時間をもとに、地面の高さを非常に高密度に計測する技術です。レーザは樹木の隙間を通って地面に到達する割合が高く、太陽光の差し込まない縦穴火口の深さを測定することさえ可能としました。この手法で、樹木の生い茂った地域での精密地形測量が可能となりました(図−3)。国内の約50%の範
囲で計測が完了しており、その成果の一部は国土地理院から基盤地図情報5mDEMとして公開されています。

図−3 青木ヶ原溶岩流の地形と表現法による違い(千葉ほか(2007)を一部改変)
富士山北西山麓精進湖付近 1:オルソフォト 2:1/2。5万地形図 3:等高線図 4:赤色立体地図


赤色立体地図は、地質屋のための地図でしたが、他分野からも注目されており、昨年はグッドデザイン賞を受賞しました。最近では「かぐや」による月の地形や砥石の表面構造の可視化にも利用されています(レーザ顕微鏡0.1μmDEM)。今後もさらに、改良を進めていきたいと考えています。

文献引用

1) 千葉達朗ほか(2007):地形表現手法の諸問題と赤色立体地図、地図、45、27-36。
2) 千葉達朗ほか(2007):航空レーザ計測にもとづく青木ヶ原溶岩の微地形解析、富士火山、349-363。
3) 横山隆三ほか(1999):開度による地形特徴の表示、写真測量とリモートセンシング、38、4、26‐34。